
第2話からの続きです。

「もう沖縄に住むしかない」と決めたももと。
大きく背中を押したのは、当時所属していたエイサーサークルの仲間たちでした。
エイサーとは、沖縄の太鼓を使った踊りです。
沖縄移住に向けて、具体的に動き始めます。
環境も大きな影響となりました
沖縄へ引っ越す前、私は東京で活動しているエイサーのサークルに所属していました。
エイサーというのは沖縄の伝統芸能のひとつで、主に男性が太鼓を持ち、女性は手踊りをする踊りです(サークルでは男女関係なく自分のやりたいパートをできました)
東京でわざわざエイサーサークルに入るような人たちなので、当然沖縄好きな人たちが集まります。
20名ちょっとの団体でしたが、その中には私以外にも、
「今度沖縄に移住します」や、
「今まで与那国島に住んでました」や、
「これから沖縄にお嫁に行きます」と言った人たちがいました。
なので、私が沖縄に行くと言うことも、全然珍しいことではないと感じられ、自然と沖縄移住へのハードルも低くなりました。
世間一般では珍しい人扱い?
東京で働いていた会社は、ビル全体が本社ビルになっていたので、同じビルで働いている人は全員同じ会社の人でした。
当時そのビルには1200人くらいの人がいましたが、私が会社を辞めて沖縄に行く話は、他の部署の知らない人たちにまで噂になっていたようです。
なぜだか違う部署の、今までごはんも一緒に行ったことのない人や、仕事で1回会っただけの人にまで送別会をやってもらったりしました。
珍しい物見たさで沖縄移住する私を見ていたんでしょうね(^^;
サークルメンバーからの紹介
沖縄での部屋探しは、今はもうやってないようですが、沖縄移住支援センターというところを利用しました。
当時は今の様にネットで物件探しができる時代ではなく、昔の沖縄では地元の保証人がいないと、内地の人は部屋を借りられないなんてこともありました。
移住支援センターは、部屋探しだけでなく、沖縄に住みたい内地の人を全般的にサポートしてくれる企業のようでした。
私より半年先に沖縄に引っ越したサークルメンバーは、大型犬2匹を空港からアパートまで、移住支援センターに運んでもらったそうです。
私はその人の紹介でを移住支援センターを利用しました。
今になって思えば、部屋探しくらい一人でできたな~と思いますが、当時は一人暮らしも初めてで、何から手を付けていいのか分からなかったので、利用して正解だったと思います。

沖縄移住支援センターでやってもらったこと
沖縄移住支援センターに手数料2万円くらいを支払い、以下の内容をサポートしてもらいました。
・部屋探しの手伝い
・車を運ぶフェリーの予約
・職探しの手伝い
部屋探しは、希望を伝えるとそれに合致した物件を、複数の不動産屋から資料を取り寄せてくれました。
送られて来た資料を見るだけで部屋を決めても良かったのですが、私は現地に行って実際部屋を見てから決めました。
不動産屋巡りの時も移住支援センターの方が同行して、車で終日案内してくれました。
車については最安値で車を運べる船会社を手配してくれ、私は指定された港に車を運び、沖縄に到着したら車を引き取りに行く流れでした。
仕事探しは、履歴書のチェックやアドバイスをしてもらいました。
当時の沖縄では、内地の人は採用されにくく、求人もそんなに多くありませんでした。
移住支援センターでは、沖縄でも採用されやすい履歴書の書き方を教えてくれたり、仕事が決まるまで連絡もくれたりしました。
私は最初、ハローワークで仕事を探していましたが、引っ越して2週間くらいしたら、東京で働いていた会社からお声がかかり、同じ会社の沖縄支社で再雇用されることになりました。
沖縄移住支援センターがやっていたことって、今はネットでできるようになってしまったので、なくなってしまったのかな~
今どうなってるのか気になります。。
次回へ続きます。

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